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 東部戦線に従軍した唯一の日本人とされる軍医、古森善五郎氏とは?

 WWIIサバゲイベント「ヒスサバウエスト16」
 2017年3月18日・19日、和歌山県 バトルランド-1 にて開催予定

 WWII日ソ戦リエナクトイベント「Reenactment 満州1945」
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2016年03月07日

ヴァイスブラウレジデンツ製 複製 / レプリカ:SG84/98銃剣


商品名:SG84/98銃剣 レプリカ
販売元:武器屋 / ヴァイスブラウレジデンツ(ウェブサイト
価格:不明(中古購入)





今回はWWIIドイツ軍の銃剣「SG84/98」のヴァイスブラウレジデンツ製レプリカをご紹介します。


銃剣を鞘に納めた状態です。


上側です。


銃剣を鞘から抜いて並べた状態です。


鞘の下部の拡大です。
中古での購入時点でかなり傷や塗装剥げがあり、さらに私の荒い使い方によりさらに痛んでいます。
素材はおそらくスチール製です。


側面はこんな感じです。


鞘の上部と銃剣吊りです。
銃剣吊りは革製になります。


側面です。
刻印類は何も入っていません。


鞘の内部にはスポンジが入っており、銃剣収納時はこれがストッパーにになります。
実物は板バネが入っています。


銃剣吊りに鞘を固定している突起部分です。
穴から突起を抜けば銃剣吊りと鞘を分離できるのですが、この複製品はそれが非常に困難です
無理に革を引っ張ると裂けそうなので外したことはありません。
この複製品が持つ欠点の1つです。


続いて銃剣側です。


反対側です。


刀身の長さは247mm、素材は真鍮製です。
入っている溝は血抜きになります


グリップは中~後期型(1937年~1944年)で見られるベークライトタイプです。
スリットの部分は泥抜きになります。
右のネジはゲーム中に脱落紛失してしまったので市販品のネジで代用しています。
ちなみにウィンドラス製のグリップは初期型(1934年~1937年)及び末期型(1944年~1945年)の木製タイプになります。
あと明らかに不自然な部分がありますが、これは後ほど…。


グリップ周りの上面です。
代用ネジ、最後まで締まってませんね…。


下面です。
銃剣本体にも刻印はありません。


着剣装置です。
突起を押すとロックが解除されます。


さてさて、上記で述べた「明らかに不自然な部分」ですが、正体はこれです。
実は入手段階で一部が破損していまして、その部分をパテで造形し補修しました。
白い部分がパテで補修した部分です。
鍔が半分近く欠けていました…。


グリップを外した状態です。
ここには泥抜きのスリットが入っているのですが、そのスリットがさらに広がっています。
これも入手段階でこうなっていました。
右端に見える白い部分も破損補修のパテです。

これらはおそらく小銃か何かに着剣させようと加工し、一部が破損してしまったのではと思います。
破損個所の補修の際に内部の隙間の寸法が変化したため、着剣はできなくなっています(補修前にタナカのKar98kガスガンに着剣可能かは試しませんでした)。


ヴァイスブラウレジデンツ製 複製 / レプリカ:SG84/98銃剣」はこれで以上です。  

2015年03月11日

WWIIドイツ軍 海外製 複製 / レプリカ - ガスシートケース


今回はドイツ軍が毒ガス攻撃対策で導入していたガスシート(ガスケープ)を入れるケースの複製品をご紹介します。


【元写真:海外フォーラムから拾ってきた写真:第13SS武装山岳師団「ハンジャール」(クロアチア第1)】

正面についていたり、


【元写真:海外フォーラムから拾ってきた写真】

ガスマスクコンテナに縛着されていたりする、アレです。


こちらが複製品です。
ガスシートケースは時期によってバリエーションがありますが、この複製品は初期のゴム引き布バージョンがモデルとなっています。
サイズは約220 x 165mm で、初期型に見られるサイズで再現されています(後のバージョンはこれより大きくなります)。
中に入れるガスシートはまだ所有していませんので、気泡緩衝材を入れています。


裏側です。
ガスマスクコンテナのストラップを通すループが2つあります。
ループの部分もゴム引き布になっていますが、私が見た資料が悪かったかもしれませんが、ループがゴム引きになっている実物写真は見当たりませんでした(普通の布)
実際のトコロはどうだったのでしょうかね?


フタの拡大です。
2つのスナップボタンはフィールドグレーで塗装されています。


裏返してみました。
内側はゴム引き加工されていませんね。


反対側です。
ループの部分にはゴム引き布での当て布がついています。


ゴム引き側の生地の拡大です。
この複製品は新品で購入したのですが、ゴム引き布の部分はまばらな色になっており、ウェザリングが入っているかのような感じです
ロットの関係なのかはわかりません。


裏側です。
ゴム引き布バージョンはコットン生地で作っていたそうですが、コレってコットンなのでしょうか・・・?


実物を触ったことがないので何とも言えませんが、この複製品の生地は厚さが約0.5mmと、かなり薄いです
ループの厚さも変わらず、一応折り返してはいるものの強度に不安があり、擦り切れそうな感じです。

装着方法については既に別記事で扱っていますので詳細は省きますが、制式なものでは以下の3種類があります。


一番最初に制定された装着方法です。


1940年3月18日に改正された装着方法です(1940年式装着方法)。
胸元に置くのは変わりませんが、ループへの巻き付けが増えました。


1942年12月11日に改正された装着方法です(1942年式装着方法)。
装着位置がガスマスクコンテナ側になりました。

【記事リンク】
・WWIIドイツ軍 ガスシート(ガスケープ)ケースの装着方法考察 その1(実演有):http://uag.militaryblog.jp/e590189.html
・WWIIドイツ軍 ガスシート(ガスケープ)ケースの装着方法考察 その2(実演有):http://uag.militaryblog.jp/e623572.html
・WWIIドイツ軍 ガスシート(ガスケープ)ケースの装着方法考察 その3(実演有):http://uag.militaryblog.jp/e623804.html




当時の写真でも多く見受けられる、装具ベルトを使用してガスマスクコンテナに縛着する装着方法は禁止されている方法であり、現場に向けられた改善通達が何度も出されていました
個人的な考察ですが、編成完結式など、着装の乱れに厳しい場面では制式な装着方法をしていたと思いますので、WWIIイベントなどでそういった場面がある時は時代に似合った制式な着装をする方が一層見栄えがよくなると思います(重装サスペンダーなどと同じ感じですね)。

WWIIドイツ軍 海外製 複製 / レプリカ - ゴム引き布製ガスシートケース」についてはこれで以上です  

2014年11月26日

WWIIドイツ陸軍 HBT(夏季)野戦服の複製品に対する疑問


トップ画像とはまったく関係ありませんが、今回はドイツ軍の夏季野戦服、HBT(ヘリンボーン)野戦服とも言われるもの(本記事では以降HBT野戦服で統一)の複製品についてのお話です。

【プロローグ】
ある日、私が利用しているとある掲示板で「ドイツ軍のM36のHBT野戦服の複製品を買った」という内容と野戦服を写した写真が投稿されましたが、その写真を見た際に私は違和感を感じました。
返信で私は「これはM36野戦服ではないのでは?」と質問し、その返信で投稿者は「店ではM36として売っていた」という内容と、購入先を教えてくれました。
そして教えて貰ったお店の商品カタログを見た後に「まさか」と思い、これまで撮影した写真や他の人が撮影した写真を確認しました。










「もしかして、M36 HBT野戦服の複製品はボタンが1つ多い?」










ということで本題に入ります。
「ボタンが1つ多い?」に該当するのは野戦服正面の前合わせ部分です。


【元写真:どこかで拾って私が着色した写真】

ドイツ陸軍の官給野戦服は、採用された時代によってボタンの数が異なります。
上記の写真の野戦服は5つボタンですが、M41野戦服の段階でボタンの数が5つから6つに増えました。
変更された理由は野戦服で使用する生地の品質低下説などがありますが、形状の原型となるM33からM40までは5つボタン、M41からM44までは6つボタンということになります


これは私が所有するM43野戦服の複製品です。
ちなみに武装親衛隊に納品される野戦服は陸軍と異なり、M43まで5つボタンでした。

【参考資料】
・Google検索でヒットするサイト、以下検索先URL(クリックで結果に飛びます)
https://www.google.co.jp/search?q=M36+Feldbluse
https://www.google.co.jp/search?q=M40+Feldbluse
https://www.google.co.jp/search?q=M41+Feldbluse
https://www.google.co.jp/search?q=M41+Feldbluse+Waffen-SS
https://www.google.co.jp/search?q=M42+Feldbluse
https://www.google.co.jp/search?q=M42+Feldbluse+Waffen-SS
https://www.google.co.jp/search?q=M43+Feldbluse
https://www.google.co.jp/search?q=M43+Feldbluse+Waffen-SS
https://www.google.co.jp/search?q=M44+Feldbluse





続きまして、今回のお題となるHBT野戦服の複製品をメーカー別で2種類見てみましょう。


1つ目は冒頭で述べたM36 HBT野戦服の同メーカー製複製品です。
ちなみに、そのメーカーとはS&GRAFのマキシミリアンハペン(以降S&GRAF製で統一)です。


一部見にくいものもありますが、ボタンの数を数えると6つになり、規定より1つ多いです
ただ、ドイツ軍の古参兵や将校の一部では「M40以降の野戦服の襟の生地を変えてM36風に改造する」ということが行われており、またM41の段階ではポケットの外観が大きく変わっていないことも合わさって「6つボタンのM36野戦服のように見えるM41野戦服」という感じになりますので、そういう設定ではコレもアリでしょう。
冒頭プロローグにおける私の問いも、その「M36っぽい改造M41野戦服では?」という内容です。


2つ目は海外製のM36 HBT野戦服の複製品です。
持ち主様いわく「洗ったら凄まじく色落ちしてこうなった」とのことです。


ボタンの数は5つで、S&GRAF製と異なり規定に則った数です




本記事での比較は2つだけですが、調べてみたところ、国内メーカーではさらに少なくともカンプバタリオン!!製もM40ですが6つボタンでした。
海外製に目を向けると、5つボタンと6つボタンの両方が混在していました
そして「HBT野戦服に関する何か重要な規定を見落としているのでは」と思い、色々探してみましたが収穫はありませんでした。

ちなみに作業服の話になりますが、作業服の色が無染色無漂白の生成りからリードグリーンに変更されたのは1940年2月12日付の通達(HV.40B, Nr.128)で、北アフリカ戦線などで使用される熱帯地野戦服が支給されない地域の部隊では主にリードグリーン作業服を夏用野戦服として転用する例もあったそうなので、ポケット増設などの現地改造が施された作業服もありそうですね。

STEINER氏によると、通常のウール野戦服と同じ4つポケットのHBT野戦服が夏用として採用されたのは1941年、その後ウール野戦服の改正に合わせてHBT野戦服も形状が変更されていったそうです。
ウール野戦服のように、襟などを個人改造した作業服もあったのでしょうか?

【参考資料】
STEINER WW.II ドイツ軍 軍装品 武器類(http://steiner.web.fc2.com/) / 陸軍43年型ヘリンボーン野戦服





また、Yahoo!知恵袋にもHBT野戦服に関する質問がありましたのでご紹介します。

【参考資料】
ナチスドイツ軍の軍服について質問です。M36野戦服について調べていたら... - Yahoo!知恵袋(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1062921125



質問の内容を要約すると「M36野戦服のHBT版は実在するのか?」ですが、ベストアンサーの回答者は作業服の背景から述べて、最後は「実在しない」と答えています。
ですが、日本の場合はウール野戦服を満足に着用できる期間が限られますので、実在しないとしても代用品として重要な複製品だと思うのが個人的な感想です。
ちなみにK氏は今年5月の暑い日にウール野戦服でサバゲに参戦し、数時間後には脱水症状寸前まで陥っていました



ということでそろそろ記事を締めようと思いますが、結局「M36(とM40)のHBT野戦服のボタンの数がメーカーによって違う理由」はわからず仕舞いでした(爆)
しかし、これは今までまったく気がつきませんでしたね…。
私の中では大発見でした(笑)



WWIIドイツ陸軍 HBT(夏季)野戦服の複製品の疑問」はこれで以上です。  

2014年09月21日

カンプバタリオン!!製 複製 / レプリカ:WWIIドイツ陸軍 下士官兵用 BEVO製国家鷲章 1944年型


商品名:末期兵陸軍鷲国家章
販売元:カンプバタリオン!!(ウェブサイト
定価:1,000円(税抜)





今回はドイツ陸軍が1944年に採用した野戦服用国家鷲章のBEVO製末期型の複製品をご紹介します。
メーカーはカンプバタリオン!!です。


この国家鷲章はおそらくM44野戦服の制式採用に合わせて同時期に採用されたと思われます。
今までの国家鷲章と異なり、国家鷲章の形状に切る工程を省略するため逆三角形の形状をしているのが特徴です。
基本的にこの国家鷲章はM44野戦服に合わせて使用されましたが、M43野戦服などでの使用例もあるそうです(当時の写真ではまだ未確認ですが…)


続きまして拡大写真です。
まずは鷲の左側の翼いきます。


胴体です。


右側の翼です。


足元のハーケンクロイツ(鉤十字)です。

縫い付けはカンプバタリオン!!の業務用ミシンで行われています(別料金)ので頑強です。


野戦服の内側から見た縫い付け状態です。
これを外すのは大変そうですが、この方法が当時に倣ったものなのかはわかりません…。


野戦服(写真はM43)全体で見るとこんな感じです。
ちなみに右袖にある旭日旗は日本人義勇兵が付けていたとされるシールドの自家製複製品です。



1944年(1945年?)のいつ頃から本格的に使用され始めたのかは手元に資料がないためわかりませんが、この国家鷲章は末期感を出すのにいいものだと思います。
これで「カンプバタリオン!!製 複製 / レプリカ:WWIIドイツ陸軍 下士官兵用 BEVO製国家鷲章 1944年型」のご紹介は以上です。  

2014年02月11日

複製 / レプリカ:WWIIドイツ陸軍 日本人義勇兵シールド

今回は第二次世界大戦におけるドイツ陸軍の日本人義勇兵が軍服に取り付けていたとされるシールドの複製品をご紹介します。




この2枚の写真は以前より正体不明のアジア人将校が写っているとしてネットに流れている写真です。
そのアジア人将校が右袖側面に付けているシールドが旭日旗ということから「日本人ドイツ兵」として伝わっています。

何からスキャンされた写真なのかも謎に包まれ、「1945年4月のベルリンで撮影された、在ドイツ日本大使館職員の軍服姿」などの憶測もありましたが、この写真の正体は2012年に出版された「枢軸同盟国 軍装写真集 ドイツ国防軍編(著:ゆめみ~あい別館)」にて撮影時期や場所など背景の一部が判明しました。

同書には旭日旗のシールドを鮮明に確認できる別写真が掲載されており、非常に興味深いものです(著者様いわく、海外でその写真が売っていたとのこと)。
あまり細々と書くと色々アレとなりますので「続きは本を読んでね!」となりますが、その写真を撮影した人が裏に書き残したメモに「日本人義勇兵がいるのは珍しい」という内容があることから、現地のドイツ兵は彼らのことを日本人義勇兵として認識していたのでしょう。

実際はどうだったのでしょうかね?
今後の研究の進展が楽しみです。







前置きが長くなりましたが、こちらがそのシールドの複製品です。

2012年12月に開催されたコミケ85で「枢軸同盟国 軍装写真集 ドイツ国防軍編」が販売された際は購入特典としてブース製のこの複製品がついていましたが、知るのが遅すぎました(知っていたとしても行けませんが)。
ならば資料として同書を買おう、と思い通販サイトを巡っても知るのが遅すぎましたので売り切れ再入荷未定でお手上げです。

ということでネットにあった断片的な情報を元に型紙を作り、経費削減のため母親に丸投げ依頼して製作してもらいました(改めましてありがとうございます)。
ちなみに総手縫いです。


カンプバタリオン!!製M43野戦服に縫い付けてみました。
正規の取り付け位置がわからなかったため、左袖に付けている伍長勤務上等兵シェブロンと同じ位置にしました。


取り付け位置の拡大です。

写真で残されている日本人義勇兵とされる人物は全員将校軍服を着ており、また小林源文氏の情報によると「全員訓練中の軍医」とのことなので上記写真の組み合わせが実在したのかは疑問点がつきますが、個人的にお気に入りなので取り付けています(笑)

なお製作したシールドですが、「枢軸同盟国 軍装写真集 ドイツ国防軍編」を読む機会があった際に掲載写真を確認して比較したところ、一番目立つ部分のデザインを間違えていることが判明しました(泣)

大体の形になればいい」という方向で型紙を作ったので細かいディティールの違いは気にしていませんでしたが、「旭日の "日の丸" が真ん中にある」という事実は痛恨のリサーチミスでした。

次回製作することがありましたら、忠実なデザインで製作したいですね。
(その時はお店でオーダーメイドを考えています)

以上で「複製:WWIIドイツ陸軍 日本人義勇兵シールド」の紹介を終わります。





…しかし、冒頭2枚の写真に写る日本人とされる人物は一体誰なのでしょうね。
ドイツに渡り、さらに将校軍服を着る程ですから、それなりの人(尉官以上で、さらにドイツ語にも精通?)とは思うのですが全然わかりません。