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2014年08月27日

日本軍 三十年式銃剣 メーカーと刻印考察



今回は三十年式銃剣のメーカー刻印についてのお話です。
銃剣の歴史その他詳細については例によって例の如く専門サイトなどに任せます(=丸投げ)が、(推定も含む)メーカーと推測生産数は研究によると以下の通りです。

【参考サイト】
・日本の武器兵器(http://www.日本の武器兵器.jp/) / 軍用銃 / 3、銃剣
・日本刀の研究(鋼材・構造・性能)(http://ohmura-study.net/) / 軍刀 / 銃剣 / 三十年式銃剣
・Japanese Type 30 Bayonets(http://www.japanesebayonets.net/
・Lawrance Ordnance(http://www.lawranceordnance.com/) / Japanese Bayonets
・Nambu World(http://members.shaw.ca/nambuworld/) / Nambu World: Type 30 Bayonet Markings





【内地】
・東京砲兵工廠 / 小倉陸軍造兵廠:約331万2000振
株式会社 光精機製作所(※下請):約45万振
松下金属工業 株式会社(※下請):約90万振

・名古屋陸軍造兵廠:約8万7000振
愛三工業 株式会社(※下請):約35万振
金城削岩機(※下請):約30万振
株式会社 豊田自動織機(※下請):約140万振
理研鋼材 株式会社(※下請):約25万振

・大阪陸軍造兵廠:約12万振
・豊川海軍工廠:不明

【外地】
・株式会社 奉天造兵所:約27万振
・仁川陸軍造兵廠:約45万振
・天津造兵廠(※仮称):不明

【その他】
海軍陸戦隊用 メーカー刻印無し:不明





小倉陸軍造兵廠(東京砲兵工廠)は三十年式銃剣が採用された明治30年(1897年)から生産をしていますので、他のメーカーより圧倒的に生産数が多いです
第2位は名古屋陸軍造兵廠下請の豊田自動織機、第3位に小倉陸軍造兵廠下請の松下金属工業が続きます。

三十年式銃剣は明治30年(1897年)から昭和20年(1945年)までの48年間に約840万振が生産されたと伝わっています。
不明を除く上記のメーカー別推定生産数を合計すると788万9000振、先程の総生産数から引くと約51万1000振が残りますが、おそらく残りの大部分は豊川海軍工廠製とメーカー刻印無しのメーカー不明製になると予想しています(天津造兵廠は昭和20年(1945年)から生産開始と言われています)。

次に銃剣刀身の根本に刻まれている各メーカーの刻印を見ていきましょう。
刻印画像は写真を元に自作しましたが、アンチエイリアスを使っていませんので完成度はイマイチです…(苦笑)
刻印が2つある場合、一部の例外を除きそれは民間会社が造兵廠からの下請で生産したものになります。
なお、一部のメーカーは二式銃剣も生産しています。





【内地】
・東京砲兵工廠 / 小倉陸軍造兵廠

(実物刻印Google検索:Kokura Arsenal Bayonet

・株式会社 光精機製作所(小倉陸軍造兵廠下請)

(実物刻印Google検索:Hikari Seiki Bayonet

・松下金属工業 株式会社(小倉陸軍造兵廠下請)その1

(実物刻印Google検索:Matsushita Kinzoku Bayonet

松下金属製は刻印の配置で2種類のバリエーションがあります。
こちらは他の下請生産型の銃剣と同じ配置です。

・松下金属工業 株式会社(小倉陸軍造兵廠下請)その2

生産後期の松下金属工業製の中には、小倉陸軍造兵廠の刻印が入っていない、松下金属工業の刻印のみの銃剣があります
何故入っていないのかは、調べた資料の中で解明することはできませんでした(下請契約が切れた後の生産品?)。


・名古屋陸軍造兵廠

(実物刻印Google検索:Nagoya Arsenal Bayonet

・愛三工業 株式会社(名古屋陸軍造兵廠下請)(※推定)

(実物刻印Google検索:Aisan Kogyo Bayonet

愛三工業が三十年式銃剣を生産したことは多くの書籍やウェブサイトで紹介されていますが、戦後、愛三工業は銃剣生産についての質問に「銃剣を生産した記録はない」と答えており、実際どうだったのかは不明瞭です。
この刻印が愛三工業とされている背景には、同社製八九式重擲弾筒の刻印が三角形(4つの三角形で構成)であることや、銃剣のメーカー刻印を特定していく内に「三角形で共通する」この刻印が残ったことなどが考えられます。
また、不明刻印と紹介している書籍やウェブサイトもあります。

<参考サイト>
・日本の武器兵器(http://www.日本の武器兵器.jp/) / コラム・書評 / 愛三工業、尊敬すべき軍需産業会社の典型 その2 - 2012年8月1日


・金城削岩機(名古屋陸軍造兵廠下請)

(実物刻印Google検索:Kaneshiro Bayonet

おそらく株式会社と思いますが、前株なのか後株なのかは資料が見つからず不明です…。

・株式会社 豊田自動織機(名古屋陸軍造兵廠下請)その1

(実物刻印Google検索:Toyoda Bayonet

豊田自動織機製の銃剣には2種類の刻印があります。
こちらは真ん中にある漢字「自」が通常の字体で刻まれているタイプです。

・株式会社 豊田自動織機(名古屋陸軍造兵廠下請)その2


こちらは漢字「自」の一番下が上記と異なるタイプです。

・理研鋼材 株式会社(名古屋陸軍造兵廠下請)

(実物刻印Google検索:Riken Kozai Bayonet

・大阪陸軍造兵廠(※推定)

(実物刻印Google検索:Osaka Arsenal Bayonet

昭和19年(1944年)から昭和20年(1945年)の終戦までに大阪陸軍造兵廠が三十年式銃剣を生産したと言われています。
参考サイト「Japanese Type 30 Bayonets」によると、小倉陸軍造兵廠の刻印の外周に小さなチェックマークがあるとされています。
これに該当する刻印を探した結果、参考サイト「Nambu World」の「Osaka」のページに「小倉陸軍造兵廠の刻印に小さいマークが刻まれている実物の三十年式銃剣」がありました。
国内サイトでは「日本刀の研究(鋼材・構造・性能)」にある三十年式銃剣のページで「刻印不明」というキャプションで掲載されているのが唯一と思います。
当記事ではこの刻印を大阪陸軍造兵廠と推定しています。

<参考サイト>
・Japanese Type 30 Bayonets(http://www.japanesebayonets.net/) / Osaka
・日本刀の研究(鋼材・構造・性能)(http://ohmura-study.net/) / 軍刀 / 銃剣 / 三十年式銃剣(2)

・豊川海軍工廠(※推定)

(実物刻印Google検索:Toyokawa Arsenal Bayonet

この刻印は豊川海軍工廠製としている資料もあれば、メーカー不明としている資料もありますが、当記事では豊川海軍工廠製としています。



【外地】
・株式会社 奉天造兵所

(実物刻印Google検索:Mukden Arsenal Bayonet

・仁川陸軍造兵廠

(実物刻印Google検索:Jinsen Arsenal Bayonet

Heijo Ordnance Factory(平壌兵器製造所?)製の三十年式銃剣にも同じ刻印が使用されているそうですが詳細不明です。

<参考資料>
・Lawrance Ordnance(http://www.lawranceordnance.com/) / Bayonets / Japanese Bayonets / Manufacturer's Markings
・Google検索:Heijo Ordnance Bayonet(https://www.google.co.jp/search?q=heijo+ordnance+bayonet

・天津造兵廠(※仮称)

(実物刻印Google検索:Tientsin Arsenal Bayonet

Tientsin Arsenal(正式名称不明)が生産した三十年銃剣には2つの刻印が入っていますが、下請生産ではありません。
参考サイト「Nambu World: Type 30 Bayonet Markings」によると、天津にある中国軍軍需品工場を日本軍が押さえ、昭和20年(1945年)から終戦まで少数の三十年式銃剣を生産したとのことです。
参考サイト「Japanese Type 30 Bayonets」の「Chinese Manufactured Bayonets」に掲載されている「Tientsin # 1」と「Tientsin # 2」が該当するものですね。
形状はいわゆる最末期型に分類されるタイプでしょうか(鞘は木製と思われます)。
「North China Type 19」には別の場所に「『丸の記号』の中に片仮名の『テ』」の刻印が入っていますが、品質の差が大きいことから、戦後中国がTientsin Arsenalを再稼働させて生産したものではないか、と考えています。

<参考サイト>
・Japanese Type 30 Bayonets(http://www.japanesebayonets.net/) / Chinese Manufactured Bayonets



【その他】
・海軍陸戦隊用 メーカー刻印無し

参考サイト「Japanese Type 30 Bayonets」の「Unmarked Naval」に実物写真が掲載されています。
写真を見ると、いずれも血抜きの溝がありませんね(たまたま写真の銃剣がそうなのかもしれませんが)。
また、参考サイト「25番 銃・絵・バイクのサイト」の三十年式銃剣の解説には「刻印の無い海軍陸戦隊仕様」という記述があります。
本記事では参考サイトの情報を基に海軍陸戦隊用としました。
刻印が無いためメーカーは不明ですが、おそらく既存の生産ラインの基で生産されていたと思われます。
推定ですが豊川海軍工廠製の銃剣がありますので、同製銃剣が海軍のみの納品であれば、途中で刻印が無くなった又は刻印が加えられた可能性も考えられるでしょうか
(※教練用の三十年式銃剣は無刻印が多いので混同に注意です)

<参考サイト>
・Japanese Type 30 Bayonets(http://www.japanesebayonets.net/) / Unmarked Naval
・25番 銃・絵・バイクのサイト(http://taka25ban.sakura.ne.jp/) / 武器庫 / 銃剣 刀剣 小銃アクセサリー 軍装品 / 日本 三十年式銃剣





かなりざっくりとした内容でしたが、改めて見ると、ホント様々なところで生産されていますね。
これにて「日本軍 三十年式銃剣 メーカーと刻印考察」は以上です。  

Posted by Y.A.S. at 19:42Comments(0)日本軍その他

2014年08月24日

日本軍 陸訓第二号 決戦訓 原文と現代語訳

昭和20年(1945年)4月8日、本土決戦に向けて陸軍大臣 阿南惟幾大将が陸訓第二号で示達した訓令の原文(※参考にしたのは当時の書き写し)と、その現代語訳です。
ふと原文を読んだ際に「現代語訳にしたらどんな感じになるのか」と思い作ってみました。
かなり意訳していますが、原文よりは(多分)幾分読みやすくなっていると思います。

※原文の旧字体は、お使いの環境によっては正常に表示されない場合があります。





【原文】
決戰訓

仇敵擊滅ノ神機ニ臨ミ、特ニ皇軍將兵ニ訓フル所左ノ如シ。

一、皇軍將兵ハ神敕ヲ奉戴シ愈々聖諭ノ遵守ニ邁進スヘシ
聖諭ノ遵守ハ皇國軍人ノ生命ナリ。
神州不滅ノ信念ニ徹シ、日夜聖諭ヲ奉誦シテ之カ服行ニ精魂ヲ盡クスヘシ。
必勝ノ根基茲ニ存ス。

二、皇軍將兵ハ皇土ヲ死守スヘシ
皇土ハ天皇在シマシ、神靈鎭マリ給フノ地ナリ。
誓ツテ外夷ノ侵襲ヲ擊攘シ、斃ルルモ尚魂魄ヲ留メテ之ヲ守護スヘシ。

三、皇軍將兵ハ待ツ有ルヲ恃ムヘシ
備有ル者ハ必ス勝ツ。
必死ノ訓練ヲ積ミ、不抜ノ城壘ヲ築キ、鬪魂勃々、以テ滅敵必勝ノ備ヲ完ウスヘシ。

四、皇軍將兵ハ體當リ精神ニ徹スヘシ
悠久ノ大義ニ生クルハ皇國武人ノ傳統ナリ。
挙軍體當リ精神ニ徹シ、必死敢鬪、皇土ヲ侵犯スル者悉ク之ヲ殺戮シ、一人ノ生還無カラシムヘシ。

五、皇軍將兵ハ一億戰友ノ先驅タルヘシ
一億同胞ハ總手是皇國護持ノ戰友ナリ。
至嚴ナル軍紀ノ下、戰友ノ情誼ニ生キ、皇軍ノ眞姿ヲ顕現シテ率先護國ノ大任ヲ完ウスヘシ。

右ノ五訓、皇軍將兵ハ須ク之ヲ恪守シ、速カニ仇敵ヲ擊滅シテ、宸襟ヲ安ンシ奉ルヘシ。





【現代語訳】
決戦訓

仇敵撃滅の神機に臨むにあたって、特に皇軍将兵に訓することは左の通りである。

一、皇軍将兵は神敕を謹んで頂き、いよいよ聖諭の遵守に邁進するべし
聖諭の遵守は皇国軍人の生命である。
神州不滅の信念に徹し、日夜聖諭を奉誦して、これを行うことに精魂を尽くすべし。
必勝の根本はこの場所にある。

二、皇軍将兵は皇土を死守するべし
皇土は天皇の領域であり、神霊が鎮座なさる地である。
誓って外国からの侵攻を撃退し、斃れた者も魂魄を留めてここを死守するべし。

三、皇軍将兵は十分な備えがあることを頼りにするべし
備えを持っている者は必ず勝つ。
必死に訓練を積み、強固な城塁を築き、勃々たる闘魂を持ち、これをもって滅敵必勝の備えを完うするべし。

四、皇軍将兵は体当たり精神に徹するべし
悠久の大義に生きることは、皇国の武人の伝統である。
軍を挙げて体当たり精神に徹し、必死に敢闘し、皇土に侵入する者はことごとく殺戮し、一人も生還無きものとするべし。

五、皇軍将兵は一億戦友の先駆となるべし
一億同胞は総じてこの皇国を尊んで守護する戦友である。
至厳なる軍紀の下で、戦友の人情や誠意に生き、皇軍の真姿をはっきり現し、率先して護国の大任を完うするべし。

右の五訓を、皇国将兵は当然これを遵守し、速やかに敵を撃滅して、天子のお心に安心を差し上げるべし。  

Posted by Y.A.S. at 21:42Comments(0)日本軍その他