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2017年03月12日

実物:日本陸軍 官給 長靴 茶革【祖父が遺したもの】


今回ご紹介するものは父方の亡き祖父が戦時中に憲兵として勤務していた時に使用していた官給品の長靴です。
父の実家にある倉庫を整理していた際、ビニール袋に入った状態で見つかり、持って帰ってきました。
内外共にホコリまみれでしたので、撮影前に軽く清掃しています。







両足の両側面の全体像です。
終戦時祖父は満洲にいたと聞いていますので、おそらくその地でも使用していたと思われます。
官給長靴の実物は数回しか見たことありませんが、使い込まれていたのか、経年の影響か、茶色がかなり濃い印象です




右足用のふくらはぎ周りです。




左足用のふくらはぎ周りです。
10.7」の数字は足のサイズ「10.7文」を示しており、cmに直すと25.5cm~26cm辺りです
ちなみに今時の大人男性の平均サイズは26cm前後だそうです。
素材は牛革でしょうかね?





左足用の足周りです。





右足用の足周りです。
踵にある突起は拍車止めです。
あまり摩耗していないように見受けられます。
固定には5本の釘が使用されています(上段3本、下段2本)。
左足用の足首周りはまだ柔軟性がありますが、右足用の足首周りは変形した状態で硬化しており、さらに縫い糸も一部切れて接合部が分離しています
ひび割れも多く、下手に動かすと完全に割れて崩壊する危険があります。
つま先部も右足用は硬化があり、ソールも若干外れているなど、右足用は全体的に状態が悪いです



両足の靴底です。
前方側の靴鋲は両足共に6個あり、おそらく脱落はありません。
後方側となる踵の靴鋲は右足が1個、左足が2個です。
おそらく本来は逆三角形の各頂点に1個、合計3個あったものと思われます。
靴鋲の多くはかなり錆が進行しています原型は留めています



また、靴底には薄っすらですが製造年を示す「昭十六製」の刻印を確認できます。
そこから推察すると、祖父は昭和16年(1941年)以降には長靴を使用する身分になったのでしょうか?
製造年の上には製造元の刻印がありますが、摩耗しているため確認できません
それ以外の印も使用の影響で消えています。






倉庫はかなりボロボロで、屋根の一部は穴が空いてるなど、保存場所としての環境はかなり悪かっただけに、原型を留めてかつ致命的な損傷もなかったのは奇跡でした。
製造から76年、おそらく終戦以降使用しなくなって72年が経過しているこの長靴の状態は決して良いとは言えませんが、状態改善の見込みはあります。
実用レベルにはできなくても、手入れと修復を施し、見た目だけでも元の姿に近づけてみようと思います
オリジナルの保存」としましては悪い選択となりますが……このまま放置する訳にもいきません。

しかし、祖父の家にこれがあるということは、復員して家に帰った時はこれを履いていたのでしょうかね?
この長靴が祖父の元にやってきて以降歩んだ道はどのような道だったのでしょうか。





長靴さん、はじめまして。最後の持ち主の孫です





……ああ、そういえば、内装を撮影するのを忘れていましたね……(爆)

実物:日本陸軍 官給 長靴 茶革【祖父が遺したもの】」はこれで以上です。